夏の丹沢・大倉尾根(バカ尾根).標高差約1,200mを一気に登り詰める急登で,鉄雄は自分のGarminに目を落としながら歩いていました.
「前の山行で金田に『深部体温を上げる最大の原因は,筋肉が発生させる大量の代謝熱だ』と教わった.平地のマラソンでは,『最初から最後まで一定のペース(一定速度)を刻むこと』が最もエネルギー効率が良く発熱も抑えられると習ったぞ.だから急登になってもスピードを落とさず,一定の速度を死守して歩けば,代謝熱も抑えられるはずだ」
そう意気込んで登り始めた鉄雄でしたが,標高700mの駒止食堂を過ぎたあたりで突然,激しい息切れと猛烈な脚の重さに襲われました.心拍数は有酸素の上限(VT1)を遥かに突き抜け,165 bpmまで跳ね上がっています.呼吸も体温も一気に上昇し,完全にオーバーヒートを起こしました.
一度乱れた心拍と呼吸は,勾配が少し緩んでも元には戻りません.結局,花立山荘手前の急登で鉄雄は完全に足を止め,ベンチに崩れ落ちました.
遅れてゆったりと登ってきた金田は,息一つ乱していません.金田のGarminを見ると,緩斜面では軽快に歩き,急登に入った瞬間にハッキリとスピードと歩幅を短く落として(ギアチェンジして)いました.
「鉄雄,起伏のある山道で『一定速度(一定ペース)』を保とうとするのは,一番やっちゃいけない代謝熱爆発&自滅のスイッチなんだよ」
なぜ急登で速度を維持しようとすると,身体は一瞬で崩壊するのでしょうか?
近年の運動生理学研究(Grivas et al., 2026 [1])および大規模運動ログ解析(GRAD/FitRec, N=1,862)により,斜度変化に対する代謝コスト($C_{\text{met}}$:1m進むために必要なエネルギー)は,線形(直線)ではなく非線形(二次関数的)に急上昇することが明らかにされています.
【平地〜緩斜面(勾配 0〜10%)】
速度を維持しても代謝コストの上昇は緩やか ➔ 有酸素域(Zone 1-2)を維持できる
【急登(勾配 15〜20%超)】
速度を一定に保とうとすると代謝コストが爆発的に急増 ➔ 鼻歌ペースの上限(VT1)を突発的に突破
🤔 急登に入った際,平地と同じスピード(速度固定)で歩こうとすると,大腿四頭筋への負担と酸素要求量が限界を超えます.その結果,有酸素呼吸(ミトコンドリア)だけではATP供給が追いつかなくなり,高閾値の速筋線維が動員され,急激な無酸素代謝と運動昇圧反射(心拍スパイク)が発生します.
前半の急登で一度心拍をスパイクさせてしまうと,同じ速度で歩いていても後半にかけて心拍数が上がり続ける「心拍ドリフト(デカップリング)」が発生し,山行終盤で激しい出力低下を引き起こす原因となります.
スポーツ生理学における長距離トレーニング理論の比較(Grivas et al., 2026)では,以下の2つの対比的なペーシングモデルが提示されています.
| モデル | 特徴・歩行スタイル | 山地行動での結果 |
|---|---|---|
| ノルウェー型(一定ペース) | 起伏に関わらず,速度(ペース)を一定に保つ | 急登で心拍がスパイクし,後半に激しい心拍ドリフト(+1.64 bpm)とバテが発生 |
| 東アフリカ型(ファルトレク型) | 地形(勾配)に応じて意識的に速度・歩幅を大きく切り替える | 急登で減速することで心拍スパイクを防ぎ,後半の心拍ドリフト(-1.58 bpm)を抑制 |